2007年04月15日

新自由主義

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新自由主義―その歴史的展開と現在
デヴィッド・ハーヴェイ 森田 成也
作品社 2007-02
おすすめ平均 star
star「新自由主義とは何か」を改めて考えるうえで

ネオリベラリズムとは何か 世界に格差をバラ撒いたグローバリズムを正す 悪夢のサイクル―ネオリベラリズム循環 社会 ニュー・インペリアリズム

by G-Tools , 2007/04/15



アエラの記事を読んで購入した本。新自由主義の歴史を批判的に考察した内容です。久々に学術書を読みますが、最近の日本の経済・社会変化状況、また国際情勢を理解する上で必要な良書だと思います。
posted by 春昼(旧名 野尻有希、再度昼) at 22:04| Comment(0) | TrackBack(1) | ビジネスについての哲学的考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月16日

理想と王道を失わぬこと

週刊ダイヤモンド今週の特集は仕事図鑑ー気になる職業の裏側。学生に人気の職業の実際、裏側の辛いことが赤裸々に書かれています。悪く書こうと思えば仕事なんていくらでも悪く書ける。しかしまあ華やか、高収入な人気職業の悲惨な裏側を見ると、どこでも個人の観点次第と思えてきます。

理不尽なお客の要望、叱咤、旧態依然とした組織での暗湿な身の落とし合い、個人主義教育を受けた今の若者には耐えられないと言われますが、本当にそう思います。学校は自由になっているのに、企業社会は昔のままでは、日本の未来が不安になります。

といっても、学校教育が決して素晴らしいわけではない。子供たちは社会に出てはじめて現実の辛さにぶち当たるかというと、学校もそう甘くはない。先日も福岡でむごい自殺事件がありました。陰湿ないじめもあれば、普通にけんかがあるし、学校では企業以上に暴力がはびこっていますし、子供ならではの、大人がびっくりするような冷たいいじめ行為が起きています。

こうなるともう、個人個人が自己を律して、組織を高めて行くしかないと思えてきます。向けようと思えばいくらでも嫌な面に目を向けることができる。顔を上に上げればどこまでも、希望と理想に向かって駆け上ることができる。

理想と王道を失わぬこと。

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2006年05月30日

武士道とプロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神、大衆消費社会の歴史的内実

昨日放送のテレビ東京系「カンブリア宮殿」では、ヘッドハンティングの達人がゲスト出演していました。彼の話は、ビジネスの練達者の語りとして、非常に刺激的なものでしたが、特に哲学的興味をひかれたのは、『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』について彼が語りだした場面でした。

アメリカでは、資本主義の金儲けの仕組みに、プロテスタンティズムの倫理が付随しているが、日本人は資本主義の金儲けの精神だけ輸入してしまい、ビジネスといえば金儲け主義に近いものになってしまった。この穴は大きい。プロテスタントの禁欲主義に近い倫理、道徳として日本人が持っていたもの、武士道的なものこそ、尊重すべきものではないかと彼は述べました。

今の消費に溺れる快楽主義的なアメリカを見ると、果たしてあの国に建国当時のプロテスタント的倫理が今も健在しているのか疑いたくなります。同様に、日本でも、かつての武士道のような、りんとした精神性はすっかり堕落してしまいました。どちらも倫理性は没落したと考えるのが妥当でしょう。

しかし、悲観的になる必要はありません。これは大衆化による認識的誤解です。19世紀当時、今にはない倫理性が世界にはあったと主張することは、現代におけるマスの勃興を見落としています。例えば、日本のTOEICの平均点がアジア諸国より低いという主張に対しては、日本人は多数の一般人がTOEICを気軽に受験するから、平均点が低くなって当然という反論があげられます。大衆化によって国民の権利、活動力があがると、全般的に見て、かつての国家より国民が堕落、快楽主義的になったように見えるのですが、その実、倫理性があったと考えられる昔の時代においては、大衆は一部支配者の奴隷となっていたのでした。

りんとした精神性は武士階級など貴族特有の卓越性です。かつては勉強する事を許されなかった多くの人に教育が行き届いた結果、今の倫理性がないように見えるが、みなが自由に人生を謳歌している時代があるのです。

しかし、この歴史的に勝ち取った権利に安住していては、生きていることに喜びはあっても充実はありません。この時代にあってもプロテスタントや武士のような力強い倫理を己に課すこと。精神的な貴族として生きること。尊く、己を世界にうちたてること。
posted by 春昼(旧名 野尻有希、再度昼) at 23:49| Comment(0) | TrackBack(1) | ビジネスについての哲学的考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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