2006年05月26日

オーストラリア産牛肉使用の広告を見て思うこと

狂牛病の蔓延によって、牛丼ファストフード店は業界再編を迫られました。先日、会社帰りに歩いていたら、松屋の入り口に「オーストラリア産牛肉 牛めし登場」の大きなポスターがはられているのを発見しました。

アメリカ産の牛肉は危ないからといって、オーストラリア産牛肉使用のアピールをすることで、消費者の不安を和らげようとしているのでしょうか。そもそも、根源的に問題なのは、アメリカ産の牛肉が狂牛病に感染している疑いがあるということではなく、不必要なまでに我々が牛肉を食べ過ぎていること、生産しすぎていることにあるのではないかと思いました。

必要な分だけの食料で満ち足りるのであれば、狂牛病も鳥インフルエンザも発生しなかったのではないでしょうか。狂牛病とは、現代社会のあり方そのものを問うきっかけとなる問題でしょう。なぜ我々は過剰なまでに動物を飼育しているのか、過剰なまでに食料を生産しているのか、過剰なまでに消費しているのか、過剰なまでに利益追求の企業運営を行なっているのか、過剰なまでに化学物質を使っているのか、過剰までにスピードと効率を求めているのか、過剰なまでに安全性が犠牲にされているのか。

ここしばらく、人間の人間性を組織運営の基本にすえることを主張してきましたが、狂牛病という問題を見ると、動物、生命の存在を、生命のありかたそのままに受容すること、過剰なまでの欲望を生命体に投げつけない経営が必要ではないかと思い始めました。怒り、欲望、必要を生命体に投げつけることで、生命体は疲労し、負傷し、発病します。生きてあることの尊厳を大切にすること、必要なだけの関係に絞り、相手を痛めつけない配慮が必要でしょう。度を超した管理主義は動植物全体の生きてあることを破壊するのではないでしょうか。

ただ食べられるために育てられる牛という存在は、なんとはかないものでしょうか。育てる途中に愛をかけることがあるとしても、いつかその動物は食べられてしまいます。食べられることを目的に、家畜は飼育されています。

このような嘆きを重ねるよりも重要なことは、我々生命は等しく何かを犠牲にしなければ生存できない存在なのだと覚悟することなのでしょう。何かを食べなければ、殺さなければ生きていけないという事実を現代人は忘れがちです。今、食卓に出されている牛丼のもとになる牛は、誰かによって殺されたこと、肉をさばかれたことを想像する力が、我々に残されているでしょうか。食べることが快楽になること、殺すことが作業になること、こうしたことによって生きることの覚悟性、存在者同士の連関が見えがたくなってしまいます。

必要な資源だけで満ち足りてあること、それが生命圏そのものにとって幸福となること。

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posted by 春昼(旧名 野尻有希、再度昼) at 19:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 環境問題ビジネス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月06日

環境問題:水不足によって貧富の差が増大する

先日金曜夜のテレビ東京系WBS(ワールドビジネスサテライト)で、世界的に進行している水不足の問題が特集されていました。

地球温暖化により、水がとれなくなった地域が増えています。水が地面からなくなると、作物が育たなくなるし、生命が住めなくなります。

素人的には、水がなくなると、水道代やミネラルウォーターの値段が上がるのかと思うのですが、専門の研究者によると、食料の値段がまず上がるそうです。

牛丼ひとつになんと2トンもの水が使用されているそうです! お米を水田で栽培するために、たくさんの水が必要になります。牛を育てるためには、牛自身が摂取する水と、牛が食べる食物を栽培するための水が必要です(牛が食べる食物を栽培するために、特にたくさんの水が必要になるそうです)。

牛丼以外の様々な食品も、莫大な量の水を与えられた結果食品となっているのです。水がなくなっていくと、食料の生産コストが上昇するので、水自体の値段よりまず食料の値段がまず上がるそうです。食料品の奪い合いが起きる結果、貧しい国はますます貧しくなり、飢餓が拡大するようです。

食料以外の商品も同じ問題を抱えています。半導体を作成するためには、たくさんの水が必要です。半導体の工場は、水がたくさんとれる地域に建てられていますが、その地域の水が枯渇してきたら、工場を水資源が豊富な別の地域に移転する必要が生じます。半導体の価格が上昇することで、電子製品の価格も上昇するでしょう。

温暖化問題により水不足が深刻化すればするほど、国家・個人の貧富の差が、生存可能性に結びついてくるのです。

地球環境は氷河期など何度も大変動を経験しています。人類が滅びねばならない環境となった後は、新しい環境に適応できる種が繁栄するでしょう。しかし、鳥インフルエンザ、狂牛病など多くの家畜も環境問題の被害を受けていますので、今回人類が直面している環境問題は、現在繁栄している生命全体を脅威にさらすものです。

働くこと、毎日生活することで、いかに環境問題の解決に関われるのか。数年後には全ての仕事が環境問題解決に直結する日が来るかもしれません。

環境問題とは、人類が子孫にしかけた戦争なのかもしれません。


posted by 春昼(旧名 野尻有希、再度昼) at 13:29| Comment(0) | TrackBack(2) | 環境問題ビジネス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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